●10周年、おめでとうございます。10年という節目の年ですが、振り返ってみていかがですか。
横田:あっという間でしたね。「FRIED PRIDE」という名前をつけてから10年になるのですが、最初はとにかくライブをしていましたし、僕には他の仕事もあったので忙しかったです。僕自身としても、ギターのいろんな弾き方を研究してきました。特にガットギターというものに対しての見方が変わったし、音楽自体に関しては、枠を取っ払うことができた10年でした。
●結成当時ライブはどのくらいされていたのですか。
横田:週に3回くらい、年間で150回はやっていましたね。すごく小さいお店で、お客様もあまりいないようなところでしたが、横浜近辺や福生、中野や大塚などいろいろなところでやりました。
●「FRIED PRIDE」という名前には「つまらないプライドは油であげて捨ててしまえ」という意味があるそうですが、結成して10年、当初のお二人の音楽に対する姿勢に変化はありましたか。
横田:始めた頃の僕は、つまらないプライドをどんどん脱いでいかないといけない年代でした。当時、つまらないプライドというものが、僕には多かったんです。今は枠組みにとらわれないジャンルのない音楽というものを、お客様は求めているのではと思います。僕自身も、枠組みを脱いできたことで、ありのままの自分になった。それが今の自分のプライドといえるかもしれません。
Shiho:私は、自分の基本はライブパフォーマンスにあると考えていて、そこでのプライドというのはいくつかあります。特に、来てくださったお客様とのコミュニケーションは非常に大事なことだと思っています。その場にいるお客様がひとり違ったらその空間はもう違ってしまうんです。一方的に音楽を提供するのではなくて、その場にいるみんなと、その場でしかできない楽しみを一瞬で作り出すこと。それをずっと勉強してきたし、それが今の自分のプライドだと思っています。
●そもそもギターデュオになったきっかけは何ですか。
Shiho:狭いところでもできるからですね(笑)。狭いところでやる機会が多かったから。もともとバンドでやっていたのですが、バンドのメンバー全員のスケジュールに合わせてライブの日程を調整するのがとても大変でした。私はライブをたくさんしたかったので、じゃあ2人だけでやってみないかという話から始まりました。
横田:いろんな曲をアレンジしてみたり、二人でのやり方を模索していくなかで、徐々に今のスタイルがみえてきたという感じですね。
●デュオをはじめた頃は、誰かの音楽を参考にしたりしたのですか。
横田:結構参考にしました。ちょうど当時、タック&パティが有名だったし。でも、真似しようとしていると、だんだんテイストが似てきてしまうんですね。だからある時から、そういう似たようなフォーマットの曲は一切聴かないようにしました。2人の演奏は誰にも似ていないようなものにしたかったので。
●横田さんは今、どんな練習をされていますか?
横田:今のレベルが落ちないための練習ですね。次にこの音を弾きたいと思ったときには指が勝手に動いていないといけない。それがイメージできるように練習しています。ピアニストも同じだと思うのですが、やはり1日2、3時間はやっていないともたないですね。現状維持すらできなくなってしまう。
●横田さんのアレンジを聴くと、非常にベースラインが特徴的ですよね。
横田:いわゆるジャズのバッシングコードなんです。僕はジャズの中ではビバップが一番好きで、Jim Hallがやるようなスタイルをもう少し変えてみたり、跳ねた16ビートをあわせてみたりしていますね。
●ではあの独特なベースラインもベーシストに影響を受けたわけではなく、ギタリストに影響を受けたのですね。
横田:そうですね。ビバップの年代のギタリストに一番影響を受けています。
Shiho:6弦だけベース弦張ってやったこともありましたよね。
横田:ビヨンビヨンで一曲もたなかったです(笑)。でもそうやっていろんな実験を
してきました。
●アレンジをする上で心がけていることはありますか。
自分のギタープレイであること。わがままでもいいから自分の音楽を作ることかな。それにボーカルが乗ってきても、彼女も絶対負けないものを持ってくる。いい意味でお互い負けん気が強いんです。
●Shihoさんは今、どんな練習をされていますか。
Shiho:いわゆる練習という練習はしません。だけど毎日、「歌用の声を出す」ということは大切ですね。体ってどうやって筋肉を動かしたらいいのかすぐに忘れてしまう。だからそれを忘れないために「歌用の声を出す」ようにはしています。
●ギターとボーカルだと、演奏中は休めるところがなくて大変ではないですか。
横田:2人というのは最初すごく大変でした。今はお互いが、ある部分独立しているし、ある部分寄り添ってもいる。お互いにそういう“くせ”が分かるようになってきましたね。だから、たとえなにも打ち合わせをしていなかったとしても、曲があって譜面があれば、なんとなく形になるようにはなりました。
●デュオをする上で大切にしていることを教えてください。
横田:できることを楽しむというスタンスですね。二人しかいないからこれはできない、あれも無理というネガティブなスタンスにすると、「さみしいユニットです」っていう感じになってしまう(笑)。
Shiho:ベースがいないとかドラムがいないとか考え始めたらきりがない。だから、ギターもいるし、歌もある。そう考えるようにしています。
●音楽を作る上でもっともインスパイアーされることってありますか。
Shiho:やはり音楽が一番大きいですね。横田さんがすごくいいオリジナルやリフを思いつくときも、だれかのライブに行ったあとが多い。耳で聴くだけじゃなくて、目から入るものも与える影響は大きいと思うから、やはり生のライブは刺激を受けますね。
●Shihoさんが影響を受けたアーティストはどなたですか。
Shiho:一番好きなのはスティービーワンダーです。彼の音楽を初めて耳にしたのは、小学生くらいのときで、CMに使われていた「I Just Called To Say I Lave You」でした。当時は好きとは思わなかったんですけど。中学校くらいから、なんとなく聴き始めて、気づいたら一番好きなアーティストになっていました。
●何がきっかけだったのでしょうか?
Shiho:何がきっかけなんだろう。でも、「聴いたことのない曲を聴いて、涙した」アーティストは今までにスティービー以外いないです。言葉では説明できない彼のソウルが、私のところまで届いてしまったのでしょうね。
●スティービーの曲もカバーされているんですよね。
Shiho:やっています。CDに必ず1曲は入れています。いつか共演したいですね。(笑)
●海外でも演奏経験の多いお二人ですが、海外でのエピソードなどありますか。
Shiho:海外でのライブで印象に残っているのは韓国ですね。お客様のノリがすごくよかったです。それと知らなかったのですが、韓国には前売りを買うっていう習慣がないそうです。かなり大きなホールでのライブだったのですが、当日になって実はまだ30枚くらいしかチケットが売れてないといわれ、とても驚いて大丈夫だろうかと不安になってしまいましたが、結局当日は600人くらい入りました。お客様は楽しみ上手で、まさにあのサッカーの応援のような盛り上がりでした。(笑)
タイでライブをやったときも印象的でしたね。タイって、きっと彼のようなギタリストがいないんですね。フェスだったんですが、彼がギターを弾き始めた途端に、遠くから一斉にみんながこっちを指差して、口を開いていました(笑)。そういえば、タクシーで聞こえてくるギターの音はみんな単音弾き。だから、彼のギターは驚異的だったみたいですね。それから、なぜか「Close to you」をやったら拍手されましたね。有名なのかな。
●オフや時間のあるときは何をしているのですか?
Shiho:時間のあるときは、ゲームをしたりします。RPGとか、殺人ゲームとか…(笑)だけど、私たち、本当に趣味がないんです。
横田:おそらくどんな趣味よりも、うちでギターを弾いているほうが僕は楽しい。釣りって面白いのかな、ゴルフってどうなのかなとか思うけど、結局オフはギターを弾いて、酒飲んで寝るみたいになっちゃいますね(笑)。仕事のない時でも一日の起きている時間の8割はギターを弾いている。一般的に考えたら、ステージ以外はなんてつまらないやつなんだろうって感じですよね。(笑)
●今後の活動や、方向性を教えてください。
横田:フラプラを核にして、彼女なりの世界や僕なりの世界を色濃く作っていくという感じでしょうね。それをまた持ち寄って音楽を作っていく。
●ギターデュオという、今のスタイルを極めていくという感じでしょうか。
横田:極めていくというか…僕の中では最後は水墨画みたいになっていくというイメージが以前から漠然とあるんです。
●水墨画…というと。
横田:ギターとボーカルだけっていうところの完成が、濃淡は無限にあるけれども基本的には白と黒しかないっていう水墨画のイメージなんです。
僕たちは日本人なので、どうあがいても絶対に日本的なんですよ。それを隠す必要はなくて、日本人として沸いてくる感性を大切にしていきたい。
Shiho:たとえば“間”や“空間”を大切にするのは日本人独特ですよね。そういうものを「肉ばっかり食ってきたやつにはわからない」って彼はよく言いますね。
横田:音楽においても同じで、例えばアメリカで生まれてアメリカで育った人と、日本に生まれて日本で育った人の4ビートは違うんです。
というのも、以前、アメリカのバンドに、ひとりだけ日本人としてギターで入って、1ヶ月くらい仕事をしたときがありました。素晴らしい指揮者だったのですが、公演がすべて終わった後に、「アキオ、おまえはすばらしいギタリストだけど、アメリカに生まれてアメリカで育たないとわからないこともある。それが分かればおまえはもっとすばらしいギタリストになる」と言われたことがあったんです。その時になるほどと思いました。
愛国心とはすこし違うのだけれど、アイデンティティとかナショナリズムとかそういうものはとても大切だと考えるようになりましたね。僕たちの音楽は洋楽だけど、きっと最終的にはそういう方向性で頑張っていくという形になると思います。
お忙しい中、ありがとうございました。
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